Recruit Column

採用コラム
New graduate
2020.08.06

何度でも挑む。そう思えるチームを創る。

実家が寺で、住職を務める祖父からたくさんのことを学んだ。

「恩」「義」「忠」。

小さい頃の自分は、どんな意味かよくわかっていなかったけれど、学校の勉強よりも大事なことがある、ということを静かな境内で何度も聞かされた。

祖父が昔からスリランカと交流があって、中学から6年間、スリランカにホームステイをすることになった。今思えば、なかなかの挑戦だったと思う。好奇心旺盛だった自分は、とにかく未知なる場所へ行くことが楽しみで、ワクワクした気持ちでスリランカの地に降り立った。空港の出口から吹き込んでくる、異国の匂いと湿気を含んだ熱風。12歳の好奇心を、不安が飲み込んでいった。

言葉が通じない。

何を言われているかわからない。何を聞かれても答えられない。

相手のことを理解できない。自分のことを理解してもらえないということが、こんなにも不安なことか。身に沁みて感じた。

「スクールバスに乗りたくない」

バスが学校に近づくにつれて大きくなっていく不安。うつむいて下ばかりを向いていた自分。身動きが取れなくなる寸前だったと思う。窮地を救ってくれたのは、周りの人たちの温かい心だった。ホスト先のおじさん・おばさん、クラスメイト、先生。みんなが、自分のために身振り手振りでコミュニケーションをとってくれた。すぐに言葉が話せるようになったわけではない。けれど「分かり合いたい」という気持ちを伝えてくれるだけで、僕の心は軽くなり、前を向けた。

支えがあったから、僕は前を向けた。この恩を返したい。

自分が生きていく意味を、高校生の時に見つけられた自分は幸運だと思う。困っている人を支えるには、力がいる。とにかく早く成長したくて、日本に帰って、大学に行きながらプログラミングの学校や起業家スクールに通った。その中の1つのテックキャンプで、ベンチャーで働くことの魅力を知った。どこかで誰かが何とかしてくれる仕組みやシステムなんて存在せず、どんな問題も自分たちで解決して前に進む。成熟していないだけ、と言えばそれまでかもしれないけれど、「自分の手で解決する」「経験の分だけ成長する」というリアルな手応えが、自分には合っていると感じた。

「可能性を世界で最も開花させる」と宣言するITベンチャーに出会い、ここで働くんだと決めた。挑戦することを諦めない人を増やす。そのために、自分がとことん成長する。2017年に入社してから今まで、自分の選択を正解にするべく、突き進んで来れたと思う。けれど、自分には大きな課題がある。決意を込めて記す。

2019年8月。僕はマネジャーになった。いくつもの困難を乗り越えてきたリッチメディアが再び上昇気流に乗り始めた頃、会社からの期待を背負い、データスタジオと広告運用のチームを任された。約10人のメンバー。メンバーには自分より社歴が長い人も、年上の人もいた。優秀なメンバーを預かり、会社が更なる進化を遂げるための変化の鍵を握っているという自覚もあった。

理想の実現のために、やりたいこと・やるべきことは山ほどあった。その一つ一つをクリアにしていくために、僕がとった行動は「自分がやる」ということだった。率先垂範と言えば聞こえはいいが、僕にはマネジメント能力が足りなかった。誰に何を任せて、いつまでに何を完成させるのか。その画が描けていないまま、曖昧なものは全部自分が引き取っていた。切り出された部分的なタスクやゴールへの到達イメージが湧かずにモチベーションを下げてしまうメンバー。自分自身はタスクの海に溺れ、プロジェクトは頓挫した。上司と相談し、2020年2月、わずか7ヶ月で僕はマネジャーを降りた。

悔いが残っている。

「自分で何とかする」という気持ちの裏側には、「自分にしかできない」という驕りが無かったか。「無理なリクエストで人を傷つけたくない」という気持ちの裏側には、「嫌われたくない」という怯えが無かったか。「挑戦」を掲げる会社にいながら、「挑戦」の機会を奪っていたのは、自分ではなかったか。

マネジャーを降りることを話し合った時、上司は一緒になって悩んでくれた。同じ時期に同じようにマネジャーという役割に挑戦をした同期は、いつも励ましてくれた。チームに支えられて、僕はリッチメディアで働いている。僕の課題、それは「チームを創る力」。挑戦する人が諦めない社会なんて、自分ひとりでは実現することはできない。リッチメディアが存在する意味、それはひとりでは実現できない挑戦を、チームで実現するため。

社会に恩を返す。

そのために、チームで挑戦する。

僕はリッチメディアで、何度でも挑んでみせる。

田村 光隆情報システムグループマネージャー
2017入社
慶應義塾大学卒業後、2017年新卒でリッチメディアに入社。エンジニアとしてキャリアをスタートさせたが、様々な領域へ挑戦を重ねている。エンジニアリング、データサイエンス、広告トレーダー、情報システムを幅広い活躍で会社の成長に貢献。